Buddha's Face Sandwich

喰う寝る遊ぶ

20190914

バイトの休憩中。あと1時間半くらいある。スピッツはいつ聴いても落ち着く。安室奈美恵の「もうちょっと抱いてて欲しい時でもタイムリミットは曲げない主義でいたい」って歌詞に物凄い強さを感じて眩しい…と思ったけど、歌詞書いてるのは安室奈美恵じゃなくて小室哲哉と知って少しショックだった。

先日友人が失恋して「ほとけはふられたことある?その人のこと、忘れられた?」と聞かれたので、「忘れられたよ。もうなんとも思ってないよ。」って言ったけど、彼女は忘れられないだろうなと思った。だって今渦中にいるんだから、それは忘れられないだろう。なんならわたしはせんぱいと付き合ってもクマグスを忘れられてなかった。会ってようやく決別できた。時間が経てば経つほど、相手を知らなければ知らないほど相手の姿は己の中でやさしい幻想となって離れないだろう。

結婚式のバイトをしてるんだけど、いつも少し感動するし、いつも少し結婚したくなる。たまに張り切りすぎている夫婦を見ると若干気持ちが冷めるけど、彼ら彼女らふたりの人生がここから始まるのかと思うと、入場シーンを見る度に若干涙ぐんでしまう。

せんぱいに「結婚しよう」ってたくさん言う割に、相手からのまっすぐな返答やまっすぐな「結婚しよう」の言葉、あるいは結婚に向けての提案などを受けると、どきりとして困惑して、何も言えなくなってしまう。いつもおちゃらけてしまう。わたしには人生におけるそういう重要な選択ができる気がしない。どの高校に行くかとかどの大学に行くかとか、いつでも"今"行けるところを選んできた。結婚はするもしないもどちらでもいいことだし、決める期限も特にないわけで、その決断をきちんと下せるか、不安だ。女性に結婚を迫られて男性が当惑する気持ちがなんとなくわかる。ここに経済的な負担も重なるなら、子どもができたとか必要に迫られない限り、能動的に決断するのはなおさら困難だろう。せんぱいはすごいな。

大事なことばかりをずっと後回しにしている。本気の話をしてはわたしに煙に巻かれているせんぱいがかわいそうだな。"今"愛しているだけではなんの保証も確信もないわけで、揺らぎのある未来が怖い。セックスレスも介護もワンオペ育児もすべて我が身のように思われて怖い。付き合っている段階では見抜けることなんて何らないような気さえする。かといって今永遠に愛することを誓えと言うのも酷だし、わたしは正直明日せんぱいを好きであるかさえ保証できない。けど、夫婦でいることに必ずしも100%好きであることは必要ないんだろうとも思う。明日の自分の"好き"が80%でも30%でも、自分自身と相手に向き合いながら過ごしていくことが大事なのかもしれない、と思った