Buddha's Face Sandwich

喰う寝る遊ぶ

20190717

私はいつも悩み事があるとチャットで他人に相談する。それでどうにもならなかったら、カウンセラーさんに相談する。

軽い気持ちでチャットで彼とのことを相談したんだけど、彼を否定されるのは自分も否定されるみたいで悲しかった。変わってほしいと願っているのは自分なのに、変わってほしくないかのように必死に擁護してしまっている感じがした。冷静でいられなかった。でも、再三「彼はきちんと生活が送れてない」みたいなこと言われたけど、労働をし、最低限の食事・睡眠・掃除洗濯ができているならそれは生活ができていると言えると思う。「本当の自立」とか、うちにはよくわからない。うんと年上で「苦労を知っている」顔の男の人たちにわたしとわたしの彼とを馬鹿にされて終わったような感じがする。苦労を知っているんだろうけれど、「精神に病を抱えず荒波にもまれながらも職に就けた人々」の視線だけでは偏っているだろう、と思った。ただ無益だったわけではなく、「とにかく信じることだ」というのは参考になった。どうしても言うことが抽象的で具体性を欠いていたように思うけれど、まあとりあえず自立の必要性を気づかせなくてはならない、みたいな話だったと思う。

彼を擁護する私を見て彼らは「共依存だ」と言ったし、確かにそうだろうなと思った。今までずっと見ないようにしていただけで、気づいていたような気はする。そもそも顔に一目惚れしたとはいっても、20と30ではふつうはやっていけないんじゃないだろうか。ふつうってなんだ。わたしは若い男の子が苦手で、それはわたしを選ばなくてももっと他に選択肢があるからで、そして他人を傷つけるとかお構いなしにそちらに吸い寄せられるさまを見聞きし、嫌悪していたからだった。せんぱいはわたし以外に選択肢がないから、わたしだけを見てくれる。性的な均衡もあっている。ただそれだけがすべてで、その時その時で目の前にある不快感を排除する行為に尽力していた、ような、気がする。分からない。もうなんにもわからない。共依存チェックしても何も出てこない。別に四六時中一緒にいたいとはまるで思わないし、一日くらい連絡がとれなくたっていい。彼氏と会うためにいつでも友だちとの誘いをキャンセルするわけではない。何を信じればいいのかわからないが、チャットで適当言う人々のことを過度に気にする必要はないだろう。だって彼らは私の人となりを知らない。長々相談に乗ってくれてそこには感謝するけれども。

彼の母親になるという話において、「これをしないと嫌われるんじゃないか」みたいな思いがそうさせているみたいな言説があるみたいだけど、わたしはそうではなくて、帰り際の洗濯や食器片づけを除き、掃除や食器の片づけはやらないと気持ち悪いからやっている。部屋が汚いのも食べた食器が流しに出しっぱなしなのも気分が悪い。料理は作らなくていいなら作りたくないけど、自分もおなかが減るし黙っていてもご飯は出てこないので自分が作っている。あるいは、せんぱいがお仕事だと作らざるを得ない。だから「やりたくてやってるわけじゃないけど、やらないと気が済まない」みたいな感じかな…。自分でやらなくていいならぜひやってほしい、という感じ。もっと積極的にやってよ~って頼めばいいだけなのかもしれない。

まあいいや。もうしばらく会わないし、とりあえず考えることが山ほどある。まずは目の前のテストに集中しないと。ではおやすみなさい。