20171207

こうしてまた夜更かしが重なり、肌は荒れゆく。しかし今この気持ちは書き置かねばなるまい。

今日も先輩とデート。ホテル。今日の感想は、先輩は愛情を包み隠さないなということ。「好き」「大好き」時には「愛してる」、「ほとけは俺のものだ!」「離れたくない」とかいう変化球まで飛んでくる、愛してる以降はわたしも口にできないような少々歯の浮いたセリフだけど、先輩は臆さず投げてくれる。わたしは『男の人は言葉による愛情表現をしない』と思っていたので、先輩のこういうところはすごいなあ、と思っている。

先輩に見せる専用の、一方的な独白日記のようなものを書いている。先輩が読む以上それはもはや独白日記ではないのだけど、わたしはいつもそこに暗い話ばかり書いていた。これまでの恋愛のこととか、依然低いままの自己肯定感のこととか、そんな話ばかり。無論いつもそれで終わるわけではなくて、「でも今は先輩が満たしてくれている。ありがとう」とかなんかそんなようなことを書いているのだけれど、ネガティブがプラスされることで文章の雰囲気は一気に暗く重くなるし、わたしとしてはそういう暗い一面も曝け出せてこその恋人かなとも思っていたので、書き連ねていたのだけれど、今日日記を書いていて、ふと思った。以下Twitterから引用。

先輩がたくさんポジティブな言葉を投げかけてくれるのに私が自分に自信がないことをつらつらと書き連ねるのはなんだか悪いなと思って、全部消した。感謝だけを書いた。先輩がポジティブな言葉をくれるのに、ネガティブな言葉で返したくない。与えども与えども響かないと思われたくない。私も与えたい。

今日の書き出しは「先輩がどれだけ愛ある言葉を投げかけてくれても、わたしの根深い自己肯定感の低さが邪魔をして、猜疑心が起こってしまう。そんな自分に辟易する。」みたいな感じだった。先輩がたくさん褒めてくれるのは、わたしのこういう自信のなさを紛らわすためでもあるはずなので、いつまでもこんなことを言っていては、先輩が己の言葉の無力さを実感して、愛情を表現しなくなってしまうのでは、と思ったし、単純に重いし暗いので、全部消した。先輩がそうやって愛情を表現してくれて幸せだと素直に書いた。愛情を受けたいのなら愛情を与えよ、みたいな文言を昔よく見かけたけど、まさにそれだと思う。先輩は家庭で愛ある言葉を一身に受けたから他人にも同じことができるのかもしれない。先輩はやはり年上だ。今までずっと『長年学生である』ということを加味して見くびっていた節があるけれど(最低)、わたしよりもずっと素直に愛情を表現してくれるし、「かわいい」も「好き」も躊躇せず放つし、愛とかよくわかんないけど、あ、ほんとに好きなんだなわたしのこと、ってむちゃくちゃ伝わってくる。むしろわたしの方が「好きだよ」に「わたしも」でしか返すことができなくて、それは気恥ずかしさだったり「な~に言ってんだ」みたいな一歩引いた気持ちだったりが原因なんだけど、全力で愛情をぶつけて全力で好きだ!とわたしを抱きしめてくれる先輩が羨ましく、誇らしく、愛しい。

彼の好きなところは?と聞かれたら、これまでは顔、と答えていたけど、これからは、恥をもってして愛情を包み隠さず、素直に伝えてくれるところと答えることにする 

先輩のいないところで先輩の話をするとき、どこか斜に構えてしまっていたけど、これからは真摯に話すことにする。「先輩はこんなに素敵なところがある」って、自慢でも誇張でもなく、事実として話したい。先輩はわたしのことを話のネタにはしても、決してこき下ろしたりはしない。いつもあなたのことをうれしそうに話すよ、と言う先輩の知人の言葉を、どうしてまっすぐ受け止められなかったのか、先輩の愛情をまっすぐ受け止められなかった自分が情けなく、かなしい

ねじくれた性格は変わらないかもしれないけれど、染みついた自己肯定感の低さは、先輩が少しずつ拭ってくれるような気がする。先輩も自分に自信のあるタイプじゃないけれど、わたしは先輩がだいすきだ。先輩が愛情を与えるように、わたしも愛情を与えたい、と思った一日だった。(完)