20170908

先輩の腕に抱かれながら思っていたことを不意に口に出した。六回生はいろいろあって大学を通い直している。世界が変わると人付き合いも変わるしかつての友だちもどんどん離れてゆく。いつまでも大学生という肩書きのまま延々と足踏みを続けているのは 大海にひとり取り残されるようでとてもさみしいことだろうな、とわたしはずっと思っていて、それを六回生に伝えてしまった。

彼はぽつりと「さみしいよ」と言った。

「でも今は俺のこと好きって言ってくれる人がいるからさみしさもだいぶ薄れてるよ」

「ほとけさんは『わたしが先輩のこと好きじゃなかったら先輩はわたしのこと好きじゃなかったんだ、』と落ち込んでいたけれど、でも俺にとって『俺を好きでいてくれる』ということは結構重要なことなんだよ」

とも言った。わたしはなんだか猛烈にかなしくなって泣いてしまった、そして「だからわたしはそばにいてあげようって思ってたの」と言ったのだけど、わたしたちにもいつの日か呆気なく別れが訪れるだろうし、先輩にはきっとまた悲しい思いをさせてしまうんだろうなあ、と思ってしまった、わたしは先輩の腕に抱かれるたびに泣いてしまう、六回生の抱えてきたかなしみやさみしさや不安や、その他諸々を思ってかなしくなることで己の恋愛を神聖化したいのでは、ドラマと思いたいのではというような節もある、けれども、六回生はたまにすごくさみしそうな顔をする、目を見つめるといつも不安そうにはにかむ、わたしは先輩がむちゃくちゃに笑っている顔が好きだし先輩がもう二度と悲しくなったり不安になったりしなかったらいいのになあって思う、そんなこと絶対に無理だってわかってる、人生は長いし六回生はまだ社会にも出てない、これから大変なことがたくさんある、でも一生一緒にいてあげるなんて気持ち今はまだ持てない、「ほとけさんは俺のこと遊びでいいよ」って言ってくれたの、先輩がいくら年上でもわたしまだ結婚とか考えらんないしなあ、といった気持ちを汲んでくれているんだなあと思ってうれしかったけれど、わたしがここで先輩の手を放してしまったら一体だれが先輩を肯定してくれるのかと思う、先輩は先輩なりに幸せを感じて生きてきたのかもしれないしわからないけれど、でもあの時宙に放たれた「さみしいよ」の一言は、全然なんでもないことみたいに自然で、だけどああわたしがずっとそばにいてあげるからだからそんなかなしそうな顔しないでと言いたくなるような表情で、わたしはいつまでこの人のことすきでいられるかわからないけれど、少なくともすきでいる間は決して手を放さず己の望むことはきちんと伝えてしっかり抱きしめて寄り添っていこう、と思った、明日のわたしの気持ちまでは保証できないけれど、少なくとも今わたしは先輩がすきだ、という現在のこの気持ちを大事にしよう、と思った

いつもわたしは先輩を見つめる視線の先に幸せになった己の姿を見ていて、日々愛し慈しんでいたのは六回生ではなく幸せになった己自身だったのだ、と思っていて、それを六回生への裏切りというか、それに近いものとして感じていたのだけれど、もはやそれでもいいと思えた、先輩が愛するわたし自身のことも、先輩のことも、幸せになったわたしのことも、全部全部肯定して好きと言いたい、わたしは先輩が好きと言ってくれたから己の尻も脚もだいすきになった、元々すきだったけれどさらにそれが強固になった!

わたしは六回生がすき。11個年が違ってもそれがなんだっつうのだ、わたしが許すから全部許すのだ。自己中心でいいのは、この話における主役が社会でなくてわたし自身だからだ。明日バイトに行ったらその2日後にはまたデート。最強!では肌荒れがひどめなのでここらへんで退散する、また更新します、わたしの好きは続いてゆく、ではまた