20170829

こんばんはほとけです。六回生と付き合い始めてから六回生のことばっかり考えているし、生活の主軸に六回生がいて、ちょっとべったりすぎるのではと不安。いや不安ではないけど、なんていうか、こんなに会ってたらこの先飽きが来るのが早いのでは、とか、いろいろ考えちゃう、それは六回生も言ってたけど、う~~ん、、、、

付き合い始めてから1週間と少し、すごく濃密で、時の流れがすごくゆっくりに感じています。いっぱいいろんなことを知ったな、一週間ちょっと前のわたしは好きな人とのハグがあんなに安心するものだなんて知らなかったし、キスした後見つめあう時間が永遠にすら感じることも知らなかった、世の中のいろんなこと結構知ったような気がしていたけど、全然そんなことなかった、あ~~、世界にはまだわたしが知らないことたくさんあるんだな、と思った、そりゃ当たり前か、まだちょこっとしか生きてないもんなあ

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最初はふたりでいるとき何喋っていいかよくわからなかったし、六回生と食べるごはん、緊張するし沈黙がなんとも気まずくてだめだったんだけど、電話繰り返すうちに、いつの間にか沈黙も気まずくなくなって、”六回生と触れ合っている”、”六回生の隣にいる”っていう事実に落ち着くようになったというか、近くにいればそれでいいっていう状態になった、会う度に仲良くなっている気がしてうれしいし、会ってまずハグする瞬間がだいすき、先輩の匂い、大きな背中、ぎゅって抱きしめる感覚、ちりちりの髪をわしわしする瞬間、わたしの髪を撫で手を握り肌に触れる先輩の手の温度、何度繰り返しても全部が新鮮で大好き、まあまだ一週間なんで、新鮮なのが当たり前かもしれないんだけど、でも三日に一回ペースで会わないとお互い寂しがりやでだめになっちゃう、ワハハ

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親にはわたしたちのこと内緒にしていて、今日は親御様がおやすみだったから「今日の夜は電話できないと思う」って言ったんだけど、夜なんとなくふらっとおうちを出てしまって、電話したいけど一人の時間が取れなくなるな、お互い一人の時間取らないとだめだよな、と思って我慢した、「さっき触れた先輩の手の感触を思い出して『先輩と付き合えてよかったな』って思った、おやすみ」って言いたかったんだけど、今日はやめた、夜中にこっそり文章で送ってもいいんだけど、それはそれでなんていうか、メンヘラくさい、、、、

この前先輩と喋ってて「高校時代仲良くて毎日一緒に帰ってたやつがいたんだけどさ」って言われて、(でも今はもう連絡とってないんでしょう?)って思わず言ってしまいそうになって慌てて口をつぐんだ、「俺友達いないからさ~」という言葉の持つ背景、東京で何があったかはわたしまだわからないけれど、挫折と苦難と住む世界が離れてすっかり疎遠になった友人たちと、みたいな情景が勝手に頭に浮かんで、もしかしたら東京で遊びすぎて中退しただけかもしんないのに、想像して勝手に悲しんでしまって、電話口で涙ぐみそうになってしまった、せつなくって、だって先輩の電話口の声はやけに明るい、なんでもないことみたいに喋る、ほんとはなんでもなくないと思うんだ、なんでもなくないから自分への自信のなさや不安を口にするんだ、でもこれ全部わたしの推測だから、ほんとのところなんて本人に聞いてみないとわかんないけど、まあでも言いたくないだろうから、、、、いつか、、、、

先輩が小さい頃から今までの話を時系列に喋ってくれたの、絵本読み聞かせられてるみたいでなんだかこどものようなきもちになってしまった、六回生と歩くとき、わたしはお兄さんといるような気持ちでいる気がする、キスもするタイプのお兄さん、わたしにお兄さんはいませんけど

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ここ最近サカナクションの「ドキュメント」をハチャメチャにリピートしてる、わたしと六回生が似ているとはちっとも思わないけど(共通点、双方ともに偏屈、そして変態なことくらい)、おセンチな気分に落とし込むにはぴったりなんだな、おセンチになると電話キメたくなってあんまり芳しくないんですけど、ふふ、この世界はぼくのものですからね、ふふ

いろいろあったけど今こうして先輩と恋人関係になれてて本当によかった、あの頃はああだったのになーとかいろいろ思い返していてハッと現実を見返したときにうわっ、隣に六回生、いるじゃん!とか今好きな人の腕にあたし、抱かれてんじゃん!とか思ったときに急にうれしくなったり安堵したりします、ついにしあわせになれてよかったねあたし、と思ってしまう、六回生はわたしがハグをしている最中泣き出したのを見てびっくりしていたけれど、「俺のこと泣くほど思ってくれてるって思うとうれしい」って言ってて、でもたぶん違うんだよな、あたしは幸せになったあたしがうれしくて泣いてるんであって、先輩はそこにほとんど要素として介在してないんだよな、と思ってしまった、確かに部分的にはいるんだけど、メインは「ひとりよがりな”好き”から脱却できたしあわせなわたし」への賛美と祝福による感涙って感じだと思うので、ほとんど六回生はそこのシステムにいないんですよね、、、でもそれを一から説明してもたぶん???ってなるし納得したところでなんにもプラスに働かないからまあ言わないけど、、、

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そういえば前回の記事で「六回生の書く文章が読みたい」って書いてたけど、六回生は普段あまり文章を書かないらしいし、己の思うことを文章にしたためるのは苦手だと言ってた。まあ本も読まないらしいしなあ、自分の感情や思想をピンポイントで説明するのってそのための言葉をしっかり持ってないとなかなかむずかしいっぽい、自分でもブログ書いててちょこちょこ『うまく表現できない』とか『なんとも言えない』に直面する、己の力不足によるところ、遺憾の意、ですね、将来文系の男と付き合うことがあったらコラム書いてほしい、そして読みたい

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わたしは小中高全然モテなかったし好きな男の子にも全然女として相手にされなかったから(一生ひとりなんだろうなあ)ってぼんやり思ってたけど、反面六回生は「まあ就職したら彼女できるのかな」くらいに思ってたらしくて、いや、六回生のほうがステータス異常感強いのに!謎の余裕!と思ってしまった、わたしが生きていた(そして生きている)世界はひどく狭いし、世の中何があるかわからないもので激やせしてモテたりきちんと女になれたりする、だから安心しろよな、と過去の自分に言いたい、一生ひとりなんてことない、でもわたしはたまたまその渦中から救い出されただけで、寂しいときに誰にもすがることができないっていう圧倒的孤独、みたいな境地のさなかにいると本当になんていうかどうしようもなく切なく悲しくなるんだよな、さめざめと泣いて疲れて眠って翌日言い知れぬ不安を抱えながら学校なり仕事なりに行く、みたいな、不安は夜になるとぞわぞわと自分のいる地面から這い上がってくるみたいにゆっくりゆっくり侵食してくる、なんだろうなと思ったら猛烈に不安になり始めてまたこわいからおセンチな媒体に浸かってさめざめ泣いてまた眠る、みたいなことの繰り返し、でも恋人がいたって「強烈にさみしい、救い出してくれ」といつもいつも言えるわけではないっぽい、現にわたしは今強烈にさみしいかなしいこわいせつないみたいな感じ、友だちは美貌を売っておキャバで男の人をメロメロにしてるしハチャメチャにカワイイ友だちは彼氏ができたのにDVを受けてる、ふたりとものことわたしは今も昔も大好きなのにどうしてこうすんなり幸せになれない感じなのかわかんない、本人たちは幸せかもしれないしよくわかんないけどそこは、でも、定期的に落ち込んでいる風を見るし、後者の女の子のこと本当に本当に好きで好きで好きで好きでって感じだったのにわたしは男の子じゃないから仮に抱きしめてもキスしても好きだよあなたはきれいだしかわいいし最高に素敵だよと言ってもきちんとその精神の奥底に響くことはないんだな、わたしはかっこいい男の人とかじゃないから、まあDVでもいいやと思って付き合ってるのかもしれないからわかんないんだけど、わたしが他人の幸せを測ることなんかできないしそんなの許されることじゃないから仕方ないんだけど、そんなことしてもね、みんな一緒にまるっとしあわせになれればいいのに

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そんな感じ。明日も早いから寝ないと。日記書いて友達に手紙書かないと。明日もまたバイト。がんばれよな、わたし、、、、おやすみ

 

追記:六回生と先日らーめんを食べに行った際、「俺は並ぶのが嫌いだったんだけど、それってひとりで並んでいる時間が無駄に感じられるからで、だれかと一緒に並ぶと苦痛じゃないんだな、って今思った」ってすごくうれしい発見を報告してくれたんだけど、その時のわたし、あんまり聞いてなかったのか適当に流してしまったような気がする、先輩の素敵な自己開示を聞き逃しがち、もっとちゃんと集中しないと。先輩は割と合理主義者なので、無駄っぽいことも結構すてきなことを感じてもらいたい、一緒にいるうちにそれをわかってもらえればいいんだけど、これは傲慢なのかな、おわり