20170814

ここ最近ほとけ家は誰もが忙しくはたらいている。母はわたしの学費を工面するためにパートを始め、わたしもまたバイトを始めた。父は以前と同じようにはたらいている。母はとても几帳面な人だけれども、慣れないパート仕事もあるので専業の頃と同じようには家事ができなくなった(しかし我が家の床はほこりひとつ落ちていない、母親が毎日掃除機を掛けているからだ)。父親はかつてと同じで自分のことを自分でしない。食べ終わった食器を自分で洗ったりとか、朝御飯を自分で用意して食べるとか、そういうことをしない。わたしはわたしで起きたらもうだれもいないことが増えたので父が実際どうしているか知らないのだけれど、おそらくなにも食べないで家を出ているか適当にパンでもかじっているのだと思う。わたしはここ最近クックパッド片手に自炊をしてみたり、色々家事にトライしている。本来ならば大学生になる前にこなしておくべきであろう数々だけれど、たのしいのでよしとしている。

先ほど茶碗を洗いながら母親との会話を反芻していた。父親はじぶんのことをじぶんでしないとか、そんな短い時間の労働でぐったりしてすぐに眠ってしまうならやめてしまえとか言うのだと、母は言う。父の中でどういう計算式が成り立っているかは知らないけれど、学費はどうにかなることになっているのだろうし、別に母にはたらいてほしいとも思っていないのだろう。十八年の浅い人生経験で判断するのもなんだけれど、どうも人間は苦労自慢がすきというか、"自分の方が頑張っている"ということを認めてほしい癖がある。父はもう社会に出て数十年経つが、母は社会に出て数年で家庭に入り、十数年のブランクを経てまた社会に出た。労働時間はわかりやすく苦労度合いを表すように思えるけれど、同じ労働に対して個々人がどう感じるかは人それぞれであり、まして父の職種と母の職種では労働の種類もまったく異なるので、一概にどうとかは決して言えない。そもそも苦労度合いは数値化できるものではないので、比べようがない。なのに、人間は結局じぶんがいちばんかわいいので、じぶんがいちばんがんばってるんだからな!と誇示したがる。父は特に誇示したがる。母も母で腹の中で「わたしだってがんばってるのに」と思っているだろうけれど、喧嘩するより黙ってる方が得策と思うタイプなので、黙っている。わたしはわたしががんばっていることも、母や父ががんばっていることも認める。各人ののがんばりはまったく目にしていないけれど、そもそも遅刻もせず無断欠勤もせずきちんと職場に通ってきちんと時間まで己のなすべき働きをして帰ってきている時点で既にド偉い、わたしはすべての人類に国民栄誉賞をあげたい、でもそれは叶わない、なぜならそれが世の中的には"ふつう"なことだから、信じられないことだ!いますぐ全部投げ出して財産もってフィリピンあたりに高飛びすれば豪遊しながら一生を終えられるのに、誰もそれをしないなんて、ひたすらに勤労の義務を守り続けているなんて、マジで見上げた国民スピリッツである、わたしはマジにそう思う、本当に偉い、そのがんばりが日本を形作ってるんだからマジほんとうに偉い。これは別に日本に限らず世界中の人がえらいんだけど、これを突き詰めるとあれ?息してるだけで偉くない?という話になってくるので割愛する、世の中には働きたくても働けない人もいるし、なにもそういう人たちが偉くないとか言いたいんじゃないし、まあこれはもう面倒なのでとりあえずやめにする

わたしはその母の話をききながら、父もフレキシブルに自分で自分のことするようにすりゃいいのになあ、と思ったし実際にそう言ったのだけど、実際父が帰ってくるとついついそのがんばりを労ってやりたくなって、父のためにごはんを温め、よそい、本人が淹れようとするのを制してお茶を淹れて、結局全部お膳立てしてしまった、この行為の根底にあるのがほんとうに労りの気持ちなのか、それとも母親ごっこ的気分なのか、自分でもよくわからないけど、わたしが諸々をやることは潤滑剤代わりになっていいな、と思う、母親から父親父親から母親へ渡る文句は直接的であり当人同士がムッとして空気が悪くなって終わりだけれども、わたしが父親に文句を言っても8割方誰もムッとせず円満に解決しそうだし、そもそも母親に文句を言うことはあまりないし、だから、子供を育てるのって超大変そうだけど、将来的に家庭を守る役割を担ってくれるかもしれないんだなあ、悪くもないな、こども、と思った、とはいえ子どもにそんないらぬ気を遣わせないのがベストなんだと思うけど、まあなかなかうまくいきませんからね、人はそれぞれのライフだからな、結婚しても、気持ちまで拘束される義理はないですから、と思った、以上、家族のはなし、おわり