冬の日

「変わらないね」

と彼は言った。わたしも、

「変わらないね」

と返した。ある寒い、冬の日のことだった。

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ホテルに着いたわたしは、近くのご飯屋さんを探していた。

1泊2日の出張を命じられ乗り込んだ汽車は、大雪のせいでずいぶん遅れていた。夕方には着く予定だったのに、着いた時にはすっかり夜になってしまっていた。適当な店に目星をつけて、ホテルを出る。ぐるぐるに巻いたマフラーの隙間を、つめたい風がすり抜けてゆく。凍った空気が肌を刺す。目が潤む。

知らない街をひとりで歩く夜は、さみしいけれど、好きだった。都会の喧騒も嫌いではなかったけれど、田舎は建物が低くて、空がよく見える。澄んだ空気に光る星々は特別にきれいだった。

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しばらく歩いて、お目当てのお店の前に着く。息を吸い込んで、

「こんばんは」

と、努めて明るい声を上げながら、引き戸を開けた。寒さと、知らない街で初めて入るお店への緊張で、少し、声が震える。

店内にはカウンターに一人のサラリーマン、それと、柔和そうな店主。ふたりが同時にこちらを振り向く。瞬間、わたしは、「あっ」と小さく、声を上げた。

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「まさか再会するとは思ってなかった」

「出張でたまたま来たの。わたしも本当にびっくり」

カウンターにいたサラリーマンは、高校時代の同級生、向田くんだった。向田くんは、同じ部活の男の子だった。彼のことが、わたしは好きだった。好きだったけれど、それを不用意に伝えてしまったせいで、わたしたちは、卒業まで気まずい関係にあった。わたしは彼に対する申し訳なさを、心のどこかにずうっと背負ったまま生きていた。

二十数年ぶりに再会したわたしたちは、卒業してからのことについて、会わなかった時間を取り戻すかのように話した。仕事のこと、恋愛のこと、家族のこと。彼はちっとも変わっていなかった。食べるのがだいすきなところも、笑う時に眉が下がるところも、低い声がよく響くところも。彼はわたしが高校生の時に感じていた素敵さをそのまま残して生きていた。

二人ともお酒が回ってきたところで、わたしは、彼に切り出した。

「ねえ、あの時のこと、覚えてる」

「あのときって?」

「覚えてない?」

彼は、少し黙って、それから、

「覚えてるよ」

と言った。わたしもしばらく黙って、

「ごめんね」

と言った。謝るべきではないとわかっていた。好きになったことも、好きと言ったことも、何も悪いことではない。ただ、そのあとに、大人になれなかった。自分を守ってしまった。一番大事なのは自分ではなくきみだよ、と、態度でさえも示せなかった。

それなのに、

「うれしかったよ」

と彼は言った。「ちょっとびっくりしたけど」とも。

二十数年も前のことを、彼がおぼえてくれている、という事実が、うれしかった。相変わらず人との関わりが苦手で、恋愛が苦手な、そんなわたしを、やさしさでくるむように、彼はわたしの頭にそっと触れた。

「おれのことなんか忘れてさ、元気でやれよ」

ギギギ、と椅子を鳴らしながら、立ち上がる彼。手はいつの間にか離れていた。今日はおごってやる、とにへにへ笑いながら財布を出して、お金を払って。ごちそうさま、を言う暇もなく、お勘定は済まされて、彼はわたしをホテルまで送ってくれた。

「じゃあ、またね。」

お互いそう言って、ホテルの前で別れた。「また」が永遠に来ないことも、彼がきっとこの先も、ずっとやさしいままで、恐らく変わらないであろうことも、なんとなくわかった。彼が元気でいられることを祈って、部屋のお風呂に入った。髪に張りついた彼のにおいが、永遠に戻ってこられない様に、永遠にそれに縋れないように、きれいにきれいに洗い流した。

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