20170220

こんばんはほとけです。オザケンがMステに出ると聞いてわくわくどきどきです、友だちと一緒にわなわなしています、平成だぞおい!やべーな!

と言いながらオザケンちゃんと聴いたことないのだった、ウオ~~ンちゃんと聴くよ

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最近「逃げる」という話題についてよく目にします

わたしの家族は「逃げる」ということに不寛容で、わたしもまた、不寛容でした。中学時代から近しい友だちが学校に来なくなったり、やめちゃう率が結構高かったのだけれど、最近になって、彼ら彼女らの選択は、他人に責められるものではなかったんだな、なんだか悪いことをしたな、と思っています、悪いことをしたなって言っても、別に学校に来ないことを責め立てていたわけではないのだけれど、心の中で「あと○年我慢すればいいだけのことなのにな」って、ずっと思っていた

我が家のにんげんは幸いにも、耐えられないほどの苦痛とか苦しみをたぶん誰も味わっていなくて、その物差しで他人を測ってしまうから不寛容になっちゃうんだな、と思います、「逃げる」って言い方がよくないよね、なんだろう、適切なのは、回避かな、避難かな

でも生徒会やってた頃、忙しさMAXの最中で友だちが学校来なくなっちゃったときはまじできつくて、彼女からしたらわたしはすごい冷たかっただろうし、彼女もわたしもむちゃくちゃ苦しかったんだろうと思うんだけど、どうにもならない気持ちになります、彼女にあのときはごめんと言いたいけれど、「あなたのこと『逃げた』って思ってた」とは言えないし、そんなの言わなくていいことだと思うから、言わないけど、もやもやは拭えませんね、これから寛容になっていこうって思うしかない

人によって限界って違うから、どうにも、本当に限界の時は逃げろ逃げろ!と思うんだけど、嫌なことからすぐ逃げるのとは少し違うじゃない?逃げ癖と回避は違う、傍から見ると判断がむずかしい、う~ん、う~ん

とりあえず、自分のがまん許容量が1リットルでも、他人のそれが同じと思わない事ですね、1ガロンの人もいればティーカップ1杯の人もいるということだ

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今日もニートだったので特に喋ることがないんですけど、そんな感じでした、両親に対してなんとも、やだなと思うこともあるけど、そういうところは反面教師にしていくしかないですね、う~ん、がんばろう、人生

明日もニートです、今日はゲームできなかった、終わり、おやすみなさい

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思い出したから追記、鈴木亮平にすっかりめろめろです、かっこいいよ、いのっちもそうなんだけど、クマグスに似ている人をすきになっちゃう節がある、いい加減イタいし本物のクマグスのこと別にすきじゃないんじゃないかとおもうんだけど、素敵と思っちゃうのはしょうがない、そんな感じ、気にしてみてみてね、鈴木亮平です、おわり