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20161029

街に遊びに行って、友だちが自分の駅で降りたあと、地下鉄に乗ったまま永遠に時間を過ごさなくなったのは、いつからだろう。

裸眼より眼鏡が、昔の眼鏡より今の眼鏡が、しっくりくるようになったのは、いつからだろう。

移り変わるのは気持ちばかりだと思っていたけれど、気づかぬうちに行動も、頭の中身も、すっかり入れ替わっているように思う、中学生だった頃のことが遠い昔のように感じられる日もあるし、昨日のことのように思う日もある、今日は、後者

昔はどこかから帰る途中の時間が好きで、友だちと喋りながら、自分を家へと運ぶバスを永遠に見送り続けたり、友だちと別れた後も地下鉄に乗ったまま、乗ってくる人と降りてゆく人を見つめ続けたり、惰性でスマホをいじり続けたり、終点に着いて人がいなくなった地下鉄内を歩き回ったり、そういったことが楽しく感じていたのだけれど、いつからかそれをしなくなった。バスは見送ってもせいぜい2本くらいになったし、地下鉄は自分の駅に着いたらすぐに降りるようになった。

バスに関しては、一緒に帰る人がいなくなったからで、地下鉄に関しては、そもそも乗る機会が少なくなったし、スマホは東京のトイレに落としてきた。

あの頃の私は、家に帰りたくなかったのかもしれない。『夜更かししてしまうのは今日に満足していないから』と言うように、その日の学校生活や友だちとのお出かけにまだ満足していなかったから、『家に帰る』という行為で、それらを終わらせたくなかったのかもしれない。明確な理由は今となってはわからないし、そうやって諸々を忘れていかないと人間の脳は爆発してしまうんだろうな、とも、思った

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そんなことを、先日NHKで放送されていた「ミュージック・ポートレイト」のピース又吉さんとくるりの岸田さんの回を見ながら思いました。

君がいない事

君とうまく話せない事

君が素敵だった事

忘れてしまった事

くるりの『東京』の歌詞です。生徒会活動の任期も終わりに差し掛かっていたころ、同じ生徒会役員だった男が好きだったわたしは、彼との思い出をスマホの日記アプリにしたためていました。別のアプリを使っていたころ、データが一度消えてしまっていたので、バックアップ機能のついているものに書いていたのだけれど、彼とした会話や彼の行動やなんかを全部全部書きとめようとして、会話しながらも記憶に焼き付けようと必死だった、結果として、その後しばらく忘れなくても済むようにはなったけれど、その場での楽しさは75%くらい失われてしまったように思います

結局そのスマホも壊してしまい、アプリのバックアップ機能は復活用のパスワードを書き留めておかないと意味がなく(ふっかつのじゅもんみたいね)、必死に書き留めた記憶も永遠に失われることになってしまいました

それからしばらくは何とか思い出して今使っている携帯のメモ機能に書き記しておいたり、腹を切るような思いで声を掛けて撮ってもらったツーショットを落ち込んだ時に眺めたり、していたのだけれど、いつからかメモしておいたことも忘れて、ツーショットを見ることもなくなりました

彼のことは今も特別だし、好きだけれど、過去の思い出に浸ろうという気になれない理由はよくわからない、あの頃のわたしの文章と言ったら毎日すこぶる楽しそうで、読み返す度に忘れていた出来事やその時の気持ちや、そういうのを見つけて、、、、見つけて、どういう気持ちでいたんだろう、なんだかもう忘れてしまった事ばかり、当時のわたしが「いつか忘れてしまうんだろうな、悲しいな」って思ってたことは覚えているのに、結局思い出せないんだからかなしい、本当はかなしいことではないのかもしれないけれど

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暗い話を書いていたもののごはん食べたら明るくなってしまった。お風呂に入りたい。眠りたいもう眠りたい。全部凍らせたまま、、、、、、、(ZERO)

明日は講習です。勉強~~予習~~せねば~~~~なんだか、最近書く気が起きません、気が向いたらでがんばります、おやすみなさい