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20161002:Twitterを辞めました

こんばんはほとけです。昨晩Twitterの友だち用アカウントを消しました。現実の友だちをフォローしている方です。ネットの方は、そのまま。

理由はというと、体育大会たのしかった~~~!!!的ツイートをはじめとした、他人のきらきらした日常の見せ合いに堪えられなくなってしまったから。見ているうちに自分の生活のきらきらしてなさを実感してしまってやけにつらくなってしまった。ていうか、それだけじゃなくて、他にも諸々、あるのですが、まあ、どれも細かいことです。同じ人がいつもいいねしてくれるのだけれど毎ツイートいいねされるから通知にいつも出てきて鬱陶しかったとか、インスタグラムのリンクを貼った他人の連投とか、好きな俳優についてベラベラ喋れないこととか頭を覗かれるみたいで怖くてくだらないことしか言えなかったとか、音楽の話できなかったとか、趣味の方と友だちの方を行き来して時間を食うのが嫌になったとか、他にもいろいろ。知り合いばかりの方は自由がない

異常と言えば異常なのだけれど、ネットのよさって『簡単に関係を切れる』というところもあると思っていて、でも現実ではそうはいかない。ひとりひとりミュートしていくこともできたけれど、膨大な量になるからええいと思って消してしまった。パソコンでなけりゃアプリ消して終わりなんですけど、パソコンはそうはいかなかった

ていうか『簡単に関係を作れる』のもネットの醍醐味じゃないですか、それを現実に応用してしまったらすさまじいことになりますよね、喋ったこともない同級生の気分の落ち込みや生活のきらきらに引っ張られなくちゃならないなんて馬鹿みたいじゃないですか、ネットだと完全に知らない人だから知らんぷりできるし見たくなきゃミュートもできるし、なんだけど、現実だと同じ世界を生きていて存在を知っているという意味では半ば知り合いの括りに入ってしまう、無視しきれない

今までもこういうことはあって、いつも消すまでには至らなかったのだけれど、消してから30日以内なら復活させられるようだったので、削除に踏み切りました。

今朝になって昨日の友だちカップルの彼氏の方から「どうしたの?」と連絡があったのだけれど、むしゃくしゃして、とか、適当にごまかした

消しておきながら周りの反応が気になる自分もいて気持ち悪いです。構ってちゃんのつもりで消したわけではないし半ば勢いだったけれど『やめたいな』って思ったのは事実だったわけで、消してよかったと思う、ただロードスターくんや昔好きだった男や、その人たちが「いいね」と思ってくれたわたしを消してしまうのは嫌だなと思ったから、しばらくは30日ごとに復活させて更新するでしょうけれど

消したからなんだよ、わたしはTwitterで構成されてるのかよ、とも、思います

もう全部やになっちゃいました、起きた瞬間から涙が出てお風呂入っても止まらなくて、パソコンを開いたらすぐに止まって、パソコン依存症なんじゃないかしらと思った、ナハ~~~~~大した原因もないのに母の機嫌もよくない

ある意味でわたしは自分の居場所を削ってしまったのかしら?家、学校、ネット、知り合いがいる中でのネット、今わたしの居場所はネットしかないように思います

肌の調子もいいし英語の調子もいいし身体も元気、それなのに気分は塞ぎ込んでいる、昨日と一変です、放心、今日はそんなかんじでした