20160930:きびしさときつさの違い

体育大会、ついに終わりました。高校生活最後の行事終わった嬉しい最高!!!!!!(((o(*゚▽゚*)o)))(((o(*゚▽゚*)o)))!!!

みんな「さみしい、、、」「終わってほしくない、、、」「高校生活最後なのにまだ終われない納得いかない、、、」とかぶつくさ言ってましたけれども、"高校生活最後"に期待しすぎだと思う、ほんとうに

実際今回は盛り上がりに欠けたり運営がごたごただったりしたみたいではあるのですけれども、いつも揉め事の当事者じゃないので後輩のミスが知らされることなく終わってしまう、ある意味ではよいのだけれど、後から「エッそうだったの?」という風だとあまりよくないことも多いのでした

ともあれ、友だちとお話しできたりお写真撮れたりしたのでよかったです。

ロードスターくん(個人的にファンの男の子)と写真撮れたらいいなあ~~ってずっと思っていて、チャンスに巡り合えたので「撮りませんか!」って言ったら「えっ今?後でね」って言われて、ははあなるほど、その「後」は一生来ないやつだよね、わかる、わかるよ、はははわかるきみやっぱり現実の女の子はだめな人なのかなそれともわたしがだめなのかな、、、、と思ってしばし落ち込んだ。今は不思議と晴れやかな気持ちでいます、でもファンであって男として好きなわけじゃないんだけど、まあ、一時のわたしみたいにお前ら浮かれてんじゃねえよみたいな気持ちだったのかもしれないよね、うん、すこし落ち込む

友だちカップルが距離を置くことを決めてしまったりトラブルで競技が中断されたり運営のゴタゴタで友だちの怒りが爆発したり、なにかと忙しない様相でしたが、それなりにつらく、それなりにたのしく、過ごせたので、おおむね○、と思われます

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運営のゴタゴタについて友だちと話している最中、「厳しい人」と「きつい人」の違いはどこにあるんだろうな、と考えました。

わたしが一緒に仕事してきた人は、大体「きつい人」と「そうでない人」に分かれていました。「きつい人」は乱暴ではないにせよ大概言葉遣いがきつく、白黒はっきりさせたいタイプで、『正しいことは正しいんだから問題ないでしょう?』みたいな雰囲気すら感じることがありました。こちらとしても、正しい場合は何も言えず、しかしなんだか、芯から納得できないこともしばしばありました。あれはただ単に批判されたことが素直に受け止めきれないからなのか、それとも正論の中にも引っかかるものがあったからなのか、いまだにそれは理解しきれていません。

対して「そうでない人」は、ミスをしても厳しく叱りつける(指摘することはあるけれども)ことはほとんどの場合なく、仕事に関するアドバイスだとかはきちんとしてくれる人でした。きつい人とそうでない人の明確な違いは、ミスを指摘するときに厳しく叱るかそうでないか。わたしは後者です。叱るのが苦手なのもあるけれど、怒ってしまうと感情的になって言いたいことがきちんと伝わらないかもしれないし、怒られる側としての感情として、相手が自分の成長を思って言ってくれていたのだとしても「怖いしなんかもう喋りたくねえ、、、」という気持ちになってしまいがちのように思う、それに頑張っているという大前提が頭にあるので、あまり厳しくも言えない、欧米式では「がんばっていても結果が出ないのなら無意味だ」ということになるのでしょうけれども。

わたしの周りにはきつい人が多くて、言っていることは正しいし将来的にはその方が相手にとってタメにはなるのだろうか、と思うけれど、イマイチ腑に落ちないことの方が多い。厳しい言葉って自分の身に素直に入ってきづらいような気がしませんか?相性なのかしらね。

なんだか愚痴に近いような話が長くなってしまった。とりあえず今日から気持ちを入れ替えて勉強、がんばらねばです。ではまた。