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20160828:ドラマ

もうそろそろ9月ですね。秋だ~~秋刀魚だ~~~

秋は夏ほど、サマージャム的な、こう、ロマンがない気がします。でも秋は好きです。めしがうまい。

小学生時分のわたしは「秋刀魚」という漢字が読めることをやたら誇りに思っていた気がする。「紅葉子」だけはずっとわからなかったんだけれど、たらこのことらしいです。北海道だけっぽい。

まったくテスト一週間前だというのに勉強もしていない自分に呆れる、しかし課題消化のためにひとたび机に向かうとみるみるできるできる!

あ、この場合のできるというのは「解ける」という意味ではなく「勉強への意欲が湧いてくる」という意味です。特に解けるわけではない。

どうやらこの時期は多くの受験生が弱音を吐きだす時期っぽいのですが、ひとりがんばってこなかったわたしだけが活き活きしていて「こら!甘えるとわたしみたいになるよ!」とか、ことごとく『ソースは俺』な例を挙げまくってやる気を出させようと奮起しています。たぶんやなやつと化している。みんながんばっていてすこぶるえらい。「わたしはだめだからせめてきみは」論ですが、人に「あきらめるな」と言う前に自分にまず言えと言いたい。もちろん言う対象はわたしなのでこれは、もう、簡単な話、勉強すればいいのです、変に第三者風味醸すな。全部自分だぞ。

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る~~~。ところで「ひとりぼっち惑星」というゲームをご存知ですか。遠い惑星にひとりぼっちで暮らす謎の生命体、がいて、ん~~世界観はなんだかよく理解していないのですが、他人のメッセージを受け取れるんです、例えて言うならどうぶつの森ボトルメールみたいな感じ。たのしいです。たのしいし、深い話が聞けたりもする。悲しい話もあるし、たのしい話もある。ブログを観ていても思いますが、人間の暮らしというのは本当にドラマだなあと思います。自分とは直接かかわりのない世界、と理解している部分もあるからそう感じるのかもしれないけれど。

仮にブログを書いている各人と現実で知り合い(ブログを書いているということは知らない体で)だとしても、それぞれがブログで書いているような話は、果たしてしただろうか。

hase0831.hatenablog.jp

はせさんのこの記事を読んですごく共感した。引用して紹介したい気持ちだったのだけれど、どこを引用すればわたしが言いたいことにフィットするのか、眠気も相まってなんとも判断しがたかったので、記事ごと。すみません。

多くのブログはおそらく、知り合いの目には晒されない形になっているんじゃないかと思う。だからこそ心の発するままの感情やなんかが克明に記されるし、だからこそ読み手の心に響くことがある。現実の会話で、同じだけの熱量で感情をぶつける事って、あるかしら。わたしはあんまりないように思う。

だからこそ文章というのは面白いなあっていう風にも思う!文章も、にんげんも、みんなおもしろい。みんなドラマを生きている。人生はドラマです。

いやむしろ、ドラマは人間生活を題材にしているんだから、ドラマが人生なのかもね。

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ねむいな。今日むちゃくちゃ気持ちよかった話をします。

昼間から湯船に浸かって身体をぴかぴかにしました。お昼から湯船浸かるの、時間を無駄にしている感じもあるけれどおそらくそれも相まって背徳味も感じてサイコ~~~。フルーツ牛乳があったらもっとかんぺきだったな。爽やかな曲を聴きながらのバスタイムは最高です。今日のお供は奥田民生の「風は西から」でした。バスタイムとは関係ないんだけれど、YUKIちゃんのJOYも最近お気に入りです。

夜は課題を消化して~~、緑茶にパックにグリーンティーみたいにしようと思って甘み代わりのオリゴ糖を入れたらすっごくおいしくなかった、なんでやね~ん

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かわいい女の子が「自分まじブス(本気で)」って言ったり思ったりするのに、さしてかわいくもないわたしが「まあこれはこれで」って思ってるの不条理だなと思った、って前も言った気がするんですけど、まじブスって思い続けて自分を磨き続けるからきれいなのかなって思った、ってこれも言いましたかね。わかんない。ねむい。

でもそれって終わりはないし精神的にきついしずっとつらい気がする、どうなんだろう

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人との遊びにお金をけちってはいけないという気持ちがどことなくあって、いろんな誘いを全部実現させようとするから火の車です。しかもうちで焼肉する日にライブ誘われてヒイ。行ってあげたいけど肉めっちゃ食べたい。こまった。。。。

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端的に言ってたしかにめっちゃたぶんあなた正しいんだろうけど腹立つ!!!嫌い!!!っていう人がいます。笑

本人はその気ないんだろうけれど、Twitterで身の回りの人のことを批判したり、自分は頑張っているというような話をするのですが、頑張っていることは見ていればわかるわけで、自分が頑張っていることを引き合いに出して批判したらその人はもう完全に悪者じゃないですか、いくら頑張っていてももうダメ、無駄、お前の努力に価値なし、みたいな雰囲気出される、彼女の後輩もその風潮を受ける、後輩は特に頑張っているわけでないのにでかい顔し出す、みたいな感じになっていて、なんだかなあ、と思います。後輩がでかい顔していたことに文句も言っていたけれど、それはたぶん、きみのせいもあるよ。

アメリカ的に言えばたしかに、結果が出せなきゃ意味はないというのは確かにと思うのだけれど、学生生活における仕事なんて結局は『学ぶ』ことが第一目標なんじゃないの?と思うんです。何事も失敗したって成功したって楽しむやつらは全員楽しむんです。

こちら側にたくさん至らない点はあった。それは反論しようもないことだけれど、それに対する対応として、あなたにも問題はあるんじゃないの?と思うのですが、声を大にして言えない人間は、そんな意見できません(´・_・`)世知辛い

彼女が絶対的に正しかったのかなあ、って思い続けながら、たぶんしばらくはいるんだと思います。しっかり怒れる人だから、人によってはついていくのだろうけれど、自分に対して高圧的な人って、む~~~ん。わかんね~。

物事を考える軸が「自分の思う正しさ」か「これを観たときの人の気持ち」なのか、というところの違いなのかも。

そんな感じで眠ります。彼女と一緒に働いてみたかったな。きっと答えが出せると思う。おやすみなさい。