20160817:どしゃぶり

わふー!今日から学校でした。高校最後の夏休み、昨日で終わっちゃったんだね。ニコニコ動画見まくって終わってしまった。究極に最高じゃない感じもまた最高。

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久々に早起きして制服着て外に出て、台風直撃のおかげで一面土砂降りで。おもむろにポケットからiPodを取り出し、サカナクションの『Ame(A)』を再生。雨は気まぐれ、つまり心と同じ。

雨の日は雨を歌った曲を聴きたくなります。サカナクションが多いな、『Ame(A)』、『Ame(B)』、『雨は気まぐれ』、あとは八十八ヶ所巡礼の『9.17』とか。。

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なんだか少し恥ずかしいこと言いますけど、雨降り、傘、車のヘッドライト、絶え間ない水音、の中で聴こえる雨の歌は現実をかなりPVめいたものにします。PVに出てきがちなきれいな女の子の気分になります。というか結構どの音楽もそうです、透明少女なんかも結構その傾向にある

今も北海道は雨、降り続いています。土砂崩れとか危ない所もあると思うので、近辺にお住みの方はお気をつけなさってね。

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今日は友だちと放課後に遊びに行こうと約束していたのでした。本当は昨日も書いた通り、4時間授業だと思い込んでいたのだけれど、実際は違ったので、お目当てのローストビーフ丼は食べられず。友だちがマックの株主優待券を持っていたので(すごい!)マックで早めの夜ご飯を食べました。バーガーもジュースもサイドメニューもなんでもタダなんですって、まじすごい、すごいぜマクドナルド(ちょっと盛ったかも、でもそんな感じでした)

しかし普段はまともにセットで食べるとなかなかいいお値段なので、同じ金額出すなら別のところ行くわ!って感じなのでした。だからすっごく久々だった、お昼ご飯もきちんと食べたのにビッグマックLセット食べちゃいました、胃が満々だった、アメリカ人気分だった

平日午後4時のマックの客層、基本的に若者だけれど制服の人間はほとんどいなくて、これから街に出て女でも引っ掛けるか、もしくは悪いことでもしに行くか、みたいな人間が多くて若干チビった。あとウエストがすごく細いのに胸はきちんと大きいお姉さんがいてグッときたし純粋に羨ましかったで候。

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久々の学校、誰も何も変わっていなくて「本当は夏休みなどなかったのでは?わたし実は昨日まで昏睡していて知らなかったけれどみんなずっと学校にいたのでは?」と思ってしまいました。みんな1mmも変わっていなかった。

あと夏休み中に遊んで「もうわたし学校行けないかも(モチベーション的な意味で)」と言っていた女の子が今日会ったときに「ほとけのおかげ全部ほとけのおかげ、生まれてきてくれてマジ感謝」と言ってくれて何が何だかわからなかったけれどうれしかったし彼女が元気なのがうれしかった、彼女に幸あれ、あと久々に好きな人間に会うとうれしくて声が2オクターブくらい高くなっちゃう。

会いたかった男の子には二人とも会えなかった。帰り道絶対に会いたくない女の子を見かけて逃げるように玄関を出ようとしたのに肩をトントンされて一緒に帰る流れになってしまった、会いたかった男の子、一人はバス乗らないので、バス停で会いたくなかった彼女ともう一人の友達の話を聞き流しつつ、立ちすくみながら『あの人に会うために今日はわたし、がんばって来たのにな』と思ったりもした、バスに乗る方の男の子にはとうとう会えなかった

朝のバスはクラスが同じの少しファンな男の子と同じで、腰の細さに怯えた、彼はやっぱり今日もいい匂いだった

こうして考えると異性の存在に支えられて生きているように思います、彼らはわたしのことを生活のうちの片時も考えていないとは思うけれど、それで良くて、彼らはいてくれるだけでいい、存在がわたしの生活を支えているのです、そう思います

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高3にもなるのに近頃勉強の必要性について考えています。ここで言う勉強と言うのは、学校で学ぶ、いわゆる学問のことです。学問とは言わないのかな。いわゆる~って言いかたをしたかっただけの節が少々あるので気にしないで。

わたしはおそらくこのままだと近所の私大に行きますが、勉強をしなくても行けるような感じがしている。じゃあ勉強しなくていいのか?と言うとそうではないと思う、しかしする気は格段に起きない。勉強の必要性とはいかに。

インターネット大先生に聞いてみたところ、『視野を広げるため』『問題解決能力を養うため』『最後までやり遂げる力を育てるため』とのことでした。もちろん、これは一例であり、一部であり、人によってもう少し違う答えも出てくるのでしょうが、とりあえず。

わたしはむちゃくちゃ数学ができません。100点満点のテストで30点が取れないくらいに苦手。それはもはや『数学ができない』というより『数学をやらない』もしくは苦手意識が強すぎて『数学をやれない』ことが原因であるように思うし、事実そうなのだと思います。だって、解答を見ていると「な~~んだこんなことなの!」って思うことがたくさんある。しかしそれを覚えていられるほど反復しないのですぐ忘れちゃう。また覚えなおす。忘れちゃう。厳密には覚えてすらいないんだと思います。

こんな感じで数学を捨てて生きてきました。文系科目もさして勉強はしてこなかったしいつでもフィーリングで生きている、歴史の楽しさも、小説の面白さも、古文の面白さも、知ってはいる。しかし勉強はしていない。

ここまで来るとどうして勉強に意識が向かないのかわからないのだけれど、どうしてなんだろう。あれこれ考えることによって目の前の勉強から現実逃避しているだけのような気もするけれど、自分が何のためにやっているのかもわからないまま、なんとなく周りの言う通りにとりあえずやっていいのだろうか。やらないよりはやったほうが全然いいんだろうけど、それでいいんだろうか。

『大学受験なんて絶対に頑張って損はないのに、それでもやらないやつは馬鹿だと思う』みたいな意見を読んだことがありますが、どうにも喉に小骨が刺さったみたいな気分でした。言ってることもわかるし正当性もあると思う、しかしなんだろうこの、不思議な感じ、、、みたいな。自分に当てはまるから認めたくない、って言う気持ちが働いているんですかね。

な~~~ん!!!もう疲れてしまった、考えるのは疲れる、しかし考えないままでいるのはきもちが悪いし考えないと人間は生きてゆけない、考える力を養うのも勉強ですね

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今日はねむいのでお風呂入って眠りましょう、おやすみなさいまし!