20160315:若人のひとづきあい

唐突ながらわたくしほとけ、一人っ子です。昔に比べたら現代は一人っ子も兄弟持ちも、性格的に大差ないでしょう等と母は言うけれど、そんなこたぁない。全然ない。断じてない。

他の人間を見ていると、みんな人付き合いが上手なのね。自然に友だちに話しかけて、自然に友だちと一緒にいて。。端的に言うと、人間といるのに慣れているんだなと思う。

対してわたし、自然に友だちに話しかけられない。あいさつもできない。最近は意識して捻り出しているけれど、精一杯がんばらないと喉の奥に「おはよう」が張り付いて、全然ちっとも、表に出てこなくなっちゃう。わたしの「おはよう」はすこぶるシャイらしい。

大人の人には軽口叩けたりするし、ネットでもぐんぐん話せるのに、生活にかかわる人間となると、だめなのよねえ。嫌われること、というより、心中穏やかでない生活が続くことが怖いのね。

でも周りの人たちはみんなやさしいので、滑らかな「おはよう」を投げかけてくれる。話しかけてくれる。あんまりにも滑らかなのでサラダ油でも飲み込んでんのかしらと思うけど、そういうわけでもないらしい(少なくともオリーブオイルではだめだった)。

まあでも、一人っ子でもそうでなくても、他人様にやけに気遣っちゃう人はいるか。原因がどうあれね。わたしの場合は、他人とあんまり関わってこなかったからなんじゃないかと、思うのだけれど。

このまま生活していても、誰とも喧嘩もしなけりゃ仲良くもなれないので、10年後にはみんなわたしのこと、忘れちゃうんだろうなあ、そんな人もいたねえ、の一人になっちゃうんだろうなあ、と思います。即席の安寧に、恒常性はないよね。人と人との間に訪れる本当の安寧は、穏やかな関係性は、激しい喧嘩やすれ違いや、その人の悪い部分が全部全部掘り出されるような出来事がないと、そしてそれが相手に受け入れられないと、築けないよなあ、と思いながら、即席の安寧に甘えて生きています。きっとそれを乗り越えたなら、物理的距離が離れても、気持ちは近くにいられるのね。

今日は自戒の日でした。あなたの今日はどうでしたか。たのしかったらそのまま眠って、たのしくなかったらチョコレート食べて寝てね。今日の晩御飯は生姜焼き。かなしい時には星野源とか聴いとこう。おやすみなさい。